子ども達をフィールドトリップに連れていきたい。そう思い立ったのは、働いている保育園の散歩の途中で、野ざらしになってる10人乗りの大型カヌーを見かけた時。その時は地面に置かれたままのカヌーに子供達を乗せて遊ばせた。水に浮かぶ時に乗せてあげたいなあ。そうだ、ここティペラの村から数キロ先にある湖に、カヌーを牽引して家族みんなと遠足に行けたら良いなあ。


そうしているうちに今度は、みんなを海に連れて行きたくなった。夏の間、毎週のように海にカヤックに行く私は、職場の保育園の子ども達へのお土産に、貝やカラフルなビーチグラスを集めて持って帰ってきた。虹色に輝く鮑や、ザ・貝と言った感じの白い巻貝、大小色んな貝を入れたバスケットは子ども達のお気に入り。教室に来るたびに、海が聞こえるのを嬉しそうに確かめる。


私がラリーコースのような林道を4輪駆動車で片道2時間、毎週泊まりがけで働きに来ている村の子ども達は、めったに村を出る事はない。


第一にボコボコの林道を安全に通過できる車と免許証の両方を持っている村人は少数である事。第二に兄弟が多いため、家族全員で移動するのはなかなか難しい事。虫歯の多い子は最寄りのペンバートン村まで歯医者の予約に来る事もあるが、健康であれば隣村にはあまり用事がない。


海を見せたい思いは募り、9月に子ども達が小学校に進級する前に泊まりがけでフィールドトリップに出かける計画を立てた。


私の働く保育園は、ファーストネーションの保育協会の傘下にあり、なんと旅行費用が全額サポートされる。大船に乗ったつもりで、子ども達をホェールウォッチング船に乗せる計画を立てた。


バンクーバーのホテルを予約したり、子どもを乗せてくれるチャーター船を探したり、バスや食事の手配をしたり…。それに平行して、子ども達には海の本を読んだり、私のカヤック旅行の話をしたり、水中の鯨の歌を聴きながら瞑想の時間を毎日持ったりした。


数字を数えるのも、あと何日でフィールドトリップかを数えるとワクワクしながらできる。しかし、だんだん数える日数も減り、来週はもうフィールドトリップ!という日、ボートツアーの会社から連絡があり、私達を乗せるはずのボートが壊れたと連絡が入った。


私のお手伝いをしてくれてる11才のジュディスちゃんと弟の5歳のジェイムス君はもう荷造り完了していると話してくれた。うーむ、困った。とりあえず楽しみにしている子ども達に報告した。わかりやすいように、ボートが海中に隠れている石に当たって穴が空いたかもしれないから、乗れなくなったと伝えた。子ども達は真面目に聞いていた。少し間を置いて、それは乗らない方がいい。沈んじゃうかもしれないから。その代わりにビーチで貝拾いすれば良い!とみんな全然気にする風でもない。それを見てまずは一安心。とにかく何かしら船に乗れればいいや。と、代替案探しを始めた。


そもそもホェールウォッチング船は洋二郎君のアイディアだ。結婚する前、彼は雑誌の取材のコーディネーターをしたことがあった。北米最大のスキー場であるウィスラーはアウトドア天国として日本でも人気だ。雑誌社の要望を聞いてオススメの取材先をコーディネートするのが彼の仕事であった。


チャーターボートが壊れたと聞いてすぐにヨウジロウツアーズにテキストを入れた。すぐに、バンクーバーのファーストネーションの会社が運営する伝統的な捕鯨用大型カヌー(時にはWar Canoe とも呼ばれる)に乗れるツアーを教えてくれた。夏の掻き入れ時に、35人のツアーを指定の日にちでやってくれるなんて厳しいかもと思いながらも、早速問い合わせてみた。


電話に出たカヌー会社のマネージャーに、5時間かけて森の中の居留地から遠足に来る旨、楽しみにしてたボートツアーがキャンセルになった旨。子供達の何人かは海も見たこともないことを伝えた。


親身に話を聞いてくれ、なんとか出来るかやってみると言ってくれた。村の名前を告げると、嬉しそうに、カヌージャーニーで行った事があると言う。


カヌージャーニーとは、BC州のファーストネーションの人達が、自分達の文化の息吹を吹きかえすために、大型カヌーに乗り、祖先達がしたように、毎年夏、海に点在する集落を訪ねていくイベントだ。長いのは三週間かけてバンクーバー島の上から下まで漕ぎ降りてくる。様々な部族から参加するため、村を超えたファーストネーション同士の繋がりの場としても、人々の希望の星のような役割となっている。


参加する家族に新しい旅行計画を告げると、好反応であった。おりしも、村役場主催で、ティペラ村の役場の前で風雨にさらされて、子ども達の遊び場になっていた大型カヌーを使い、インストラクターをよんで三日間のカヌー講習を企画していたようで、参加者を呼びかけていた。フィールドトリップで参加する兄弟達には良い体験となるだろう。


フィールドトリップ初日、みんな張り切って予定の時間前に現れた。いつもはのんびりしているのにどうしたことか?と内心びっくり。旅行は常に予定時間前倒しで、子ども達はたっぷり海で遊ぶ時間を持てた。

初めての海にみんな興奮。目に写るひとつひとつの貝や、蟹、魚、石ころをみんながひっきりなしに持って来て見せてくれる。

海に入れば海水飲んでも大丈夫かと心配そう。間違って飲んだらしょっぱかったそうだ。戸惑ってなかなか海に入らない子は、服のまま空気を入れた浮板に乗せたら、数分後には海に浸かって嬉しそうな笑顔。

付き添いの親達は浜の上で暑そうだけど、子どもの喜ぶ顔にみんな嬉しそう。


子ども達と思いっきり海で遊んでホテルに着く。みんなそれぞれご飯を食べたり、室内プールに行ったりしている間に、私は同い年のファーストネーションの同僚と2人で、ミッションに繰り出す事にした。


当初総勢35人だった参加者は、2家族が直前に体調を壊して一気に24人に減った。さらに当日2人キャンセルが出て、ティペラを出発したのは22人。事前に頼んでいた朝食と昼食は、暑さで食べない人もいたりと、気がついたら20人分くらい余ってしまった。エルダーのフランさんがふと、ホームレスの人達にあげれたら良いのに。と言った。抱えるトラウマのせいでアルコールや薬物に依存してしまうファーストネーションの割合は高い。


バンクーバーのイーストサイドはホームレスと薬物中毒者が集まるエリアである。正直、私にとっては怖い場所であるが、ティペラからの参加者にとっては親族の誰かがいた、いや、いまもいるかもしれない身近さがある。迷いがある私の横で、同僚は決然としている。それを見て腹を決めて2人で残りのサンドイッチや野菜スティックを紙袋に一人分ずつパックして車で向かった。どこへ行けば良いか分からぬまま、とにかく人が多く集まっているイーストサイドの中心にある公園を目指して車を止めた。普段なら絶対歩かない場所、歩いて食べ物が入った紙袋を持って1人1人に声をかけていった。オブリガートと言う人もいた。はるばる南米からカナダにやって来たんだろう。どの人も喜んでくれた。ものの5分であれだけ大量にあったサンドイッチはなくなり、車に戻る。振り向いたら夕方の日差しが明るく温かに彼らに降り注いでいた。本当に来てよかった。


この場所に来るのを恐れていた自分は、拍子抜けしていた。みんな、普通の人達だった。なんでだか、気が付いたらここにいた。という雰囲気だった。そうか。彼らは普通、当たり前の現象を体現してくれている。この資本主義社会の仕組みが産んだ、当然のヒズミ。風邪をひいたら身体はウィルスを追い出すべく咳をする。食中毒にかかれば下痢をする。この人達は、病気の要因を抱えた社会が見せる当たり前の症状を体現してくれているのかもしれない。普段の生活では見えないからって、自分のそばにないからって問題がないわけではない。癌があっても気づかずに通常の生活していた人も、症状が出て初めて体内の環境が健全でなかったことを知るように。薬物中毒者やホームレスの人達の存在は、私達の社会がどういう仕組みで動いているのかを体現してるに過ぎない。癌は悪くない。癌を作った環境を改善するべきだ。ウィルスは悪くない。ウィルスにかかった身体の状態に目を向けるべきだ。ホームレスや薬物中毒の人達に目を向ける事を恐れていた自分が、それに気づけた事がありがたかった。

朝6:30にみんなと集まって村を出発し、夕方7時。心地良い疲れだ。明日はいよいよカヌーツアー。