「フラットアース?はぁ?ヤバい、こいつ頭おかしい」
「うわぁ、ついにそっちに言ったか。宗教だよ宗教」
「現実逃避したかったんだろうねぇ。可哀相に」と。
あの頃の僕は、フラットアース説をぶっちゃけ怪しい宗教みたいなものだと思ってました。
特殊な宗教集団、何らかの洗脳組織、現実逃避したい人の行き着く所、世の中を全否定したい人が行き着く所、
どこかそんなネガティブなイメージを持っていました。
何年か前に、友人にフラットアース説をどう思う?と聞かれたときも、さすがに「フラットはないでしょ?」と良く調べもせずに答えた記憶があります。
友人も「だよな、あり得ないよね」と言うだけでした。
だから、すごくわかります、皆の気持ちが。
絶対に否定したくなるし、ハナっから馬鹿げてると考えて、フラットアース説なんて知ろうともしないですよね。
この物好きの僕でさえ、そうだったのですから。
真面目な方なら、余計に拒絶するでしょう。
しかし、時は流れ。こんなオカルトブログを書くようになり、だいぶ丸くなった僕。お腹タプンとしました。
ふと、思ったわけでございます。
フラットアースなんて調べる価値もない。と決めつけていた自分の姿勢。
それこそが最大の固定観念ではないのか?と。
つい最近の話ですた。
僕は誰にも強制しないし、決して押し付けませんが、
フラットアース説は一見の価値ありでした。
何かゴソッと、重い荷物を降ろしたような気分になりました。
これまで馬鹿にして、何かの新興宗教だと思っていた事を本当にあやまりたいと思いました。
ごめんなさい。あなた達はきっと正しいと思います。
そして、断じて頭がイカれてるわけではないと思います。
洗脳が解けている人なのだと思います。
フラットアースにたどり着いた人は、歴史のウソも、お金のウソも、医療のウソも、全部の洗脳が解けた人なのかもしれません。
なのに、馬鹿にして本当にごめんなさい。
おかしいのは僕の方でした。
心からあやまります。
反省しました。ふう。
と、言うわけで。
地球さえ、球体ではないかもしれない!
歴史は捏造かもしれない!
フリーエネルギーはあるかもしれない!
というくらい、ここから先は頭の中をぐにゃんぐにゃんにして生きてみようではありませんか。
正義も反対側から見たら「悪」かもしれない。
観測した時だけ位置が確定する量子のように、普段はとことん柔軟に生きようと思いました。
そして、どうしても自分の立ち位置を表明しなければいけないときは、その時だけ表明しようと思います。
要するに、物質次元に生きながら、精神が所属する多次元を本質として生きます。
ほっほっほ。中庸ですな。
ゴータマさんは凄いよ本当に。
ありがとうございました!
国連旗他↓
支配者層は知ってんなぁこれは(笑)






https://youtu.be/iXXnXq_FCNo
↑これやベエ面白い。オカ研ファンは消される前に観るべし(笑)