グリズリーカントリーをマウンテンバクで旅して、シーカヤックで鯨のいる海を漕ぎ、雪が降ったらスキー登山。一年を通して身体の外側にある自然を二人で旅する事の多い私達だが、内側にある自然、身体を旅する事が、こんなにエキサイティングだとは知らなかった。


ベッドから一歩も出れず、洋二郎君は、嵐の海になす術もないかのごとく40度の高熱にうなされたかと思うと、マイナス20度の雪山にいるかのごとく、ありったけの布団の上に冬用の寝袋をかけ、ウールの分厚いセーターを着ているにも関わらず寒い寒いと言った。ウィルス性の風邪の症状である。身体の中はグリズリーの庭と化してる。逃げるだけ無駄である。

冷たい事を言うなぁ。と思った方もいるかもしれない。しかしそもそも、世の中に風邪を治す薬はないのだ。

ウィルスも細菌も見えないけれど、細菌性の症状には効く薬がある。核がある細菌を殺す作用がある抗菌薬や抗生物質などがそうだ。一方ウィルスには核がないため、空を切るようなものである。この場合、全ての薬は根本的な治癒に結びつく事はなく、その場しのぎの対処療法となる。目に見えない相手のサイズを知る目安として、花粉は鯨サイズ、カビが象サイズと想像してみる。ちょうどマスクの穴のサイズと同じくらいなので、花粉症対策とカビ掃除にマスクは有効である。ちなみに、細菌は牛サイズ、ウィルスはさらに小さくてネズミサイズだそうだ。

●じゃあどうする?

目の前にはふうふうと言って、ベッドから起き上がる事もできない苦しそうな相方がいる。自分で出来る事をしないと、居ても立っても居られない私は、持っている知識をとりあえず使ってみるしかなかった。


私の持っている知識…。その一、風邪は治すものではなく、経過するものである。という野口整体。そのニ、症状はありがたい毒出しである、というホメオパシーの教え。その三、ご先祖様が長い間かけて経験として培ってきた、自然療法の知恵であった。


そもそも私はあまり高熱を出すタイプではない。漢方の見立ては、人の体を虚実で判断するところからはじまるが、私のようなそもそも体質改善を将来の夢にするような霜焼けっ子はどちらかというと虚証グループにに足を入れているため、高熱が出せない代わりにちょくちょくと症状を出して身体のバランスを保っている。一方、洋二郎君のように終始パワフルに動き回り、活動的な男性や子どもは実証。赤ちゃんが実の塊だとすれば、病床のご老人はその対極にいる。洋二郎君の見事なまでの生命の躍動にたじろぐ私。


●手当て

まず、海の塩、レモン、ハチミツを入れた自家製スポーツドリンクを絶えず補給。食欲がないので、リンゴニンジン絞りジュースを作ってあげた。高熱に効くホメオパシーレメディーを片っ端からあげ、喉の痛みが顕著だったので、東條百合子さんの「自然療法」の本から、すりおろしジャガイモと小麦粉を餅状にした、芋パスターなるものを喉に貼った。


そして野口晴哉著、「風邪の効用」を読む。

この時点では、ホメオパシーは効いてるのかいないのか全くわからないほど、高熱は続いていた。「風邪の効用」によると、熱をだし切って経過させる事が大切で、39度の熱が出たら、ここぞとばかりに熱い蒸しタオルを後頭部に当てる。なんと!熱は冷ますのが看病の基本と思いきや、追い討ちをかけるとは!

固定概念を崩すのは容易ではない。「熱には熱タオル」を実行する勇気がなかなか起こらなかった私は、まだ38度だからやめておこう。と、とりあえずどこかで耳にした「熱にはキャベツヘルメット」だ。と思い、苦しそうな洋二郎君の額にちょうどよくおさまったキャベツをちょくちょくかえてあげた。

しかし、四日目にはキャベツでは用が足りない事は本人にも私にも明白であった。そんな中、体温計を計る事が唯一出来る事とばかりに10分おきくらいに熱を測っていた洋二郎君が40度のお知らせを告げた。よしきた。ここでやらなきゃいつやる。気合いを入れて熱タオル。40分間、冷めたらまた温めてなおして、後頭部に当て、野口整体で習った愉気をして、夜には足湯。民間療法のお灸、「テルミー」を全身に施した。この時点で私がやれる事はやった。


翌朝、五日目にして初めて36度まで熱が下がった。昨夜はよく寝れたらしい。しかし、手当が効いたと安心して買い物に出かけて帰宅した私に、洋二郎君はまたもや40度のお知らせを告げた。

●第二ラウンドである。

愉気をして、レメディーをあげて、テルミーと足湯。昨夜は両足赤くなった足湯だが、今晩は右足しか赤くならない。とりあえず本に忠実に6分間二回の足湯にとどめておいた。

また高熱が出始めだとはいえ、平熱に戻り少し気分が楽になり、酷い喉の痛みもなくなったとの事。そういえば、やり始めた時はドス黒くなった芋パスターだったが、この時点では普通に茶色く乾燥しただけになっていた。毒素を吸い出しきったという事であろうか?

真っ黒い方は咳の苦しい胸側。もう片方は背中側に貼ったもの。
黒い方は咳の酷い胸側に貼った芋パスター。色が薄いのは背中側

翌日、高熱で寝れなかった洋二郎君は、前日熱が下がったぬか喜びと、高熱六日目の疲労から、これまで健康オタクの私に付き合っていたが、もうしんどいので、西洋医学的アプローチに変更したいと懇願してきた。ここまでやって来た私としては残念だが、洋二郎君の身体である。薬局が開く時間までなんとか私が出来る事をして、後は洋二郎君が納得する様にしよう。そう思い、思い切って、会った事もない母が通っている野口整体の先生にメッセージをしてみた。すると、ビデオ通話で話しませんか?とのこと。日本時間の深夜1時である。申し訳ないやらありがたいやら、とにかく藁をも掴む思いで電話すると、明るい声で、熱を出している間は大丈夫との事。なんと!そうなんですか!確かに野口先生の本にも書いてあったたが、生身の人間に言われるとこうも説得力があるものか。

「そんなに熱が出せて元気ね〜。熱を出せれば癌だって治るのよ。39度で癌細胞は死にはじめ、40度で完全に死滅する。10年熱出せないと脳溢血のリスクも高まるくらい。熱はありがたいもの。」との事。高熱を何日も出せる洋二郎君の体力にひたすら感心されている。熱はとにかく出させておけば良いが、看病人の不安が病人には1番良くないので、まずは私が落ち着いて、風邪が経過する事を信じる事が重要だと言われた。ハハー。


まさに、心のぐらついた看病人には神言葉のようであった。洋二郎君に先生の言葉を伝えて、熱が出続けて冷えピタシートを御所望だったので、豆腐を練った豆腐パスターを額に貼り付けた。咳が出始めて辛い胸には芋パスター。そして、看護師だけど二人の子どもをホメオパシーで育てた友人が言っていた事を思い出し、ホメオパシーは私の足りない知識で選ぶのではなく、オーリングという筋肉反射テストを使い、本人に選んでもらうようにした。


豆腐パスターは想像以上に熱をとり、カキ氷を食べた時のように寒くなりすぎるので使いたくないと言われるほど。芋パスターはみるみる黒くなるので、4時間おきくらいに変えた。翌朝は咳がしんどそうであったため、野口整体の先生に咳の対処法を聴き、鎖骨の辺りに蒸しタオルをしたり、愉気をしたりした。


●峠越え

八日目の朝、ようやく37度に落ち着き、自分で起きてフルーツを切っている。声にも張りが出てきた。「風邪の効用」によると高熱の後平温以下になるので、その時の養生が肝心だという。自分で選ぶというコンセプトが良かったのか、毒を出し切って身体がシンプルになり、ホメオパシーの波動が届きやすくなったのか、オーリングでレメディーを選び出してからホメオパシーが気持ちよく効くようになった。やはり、困った時に細かくサポート出来るホメオパシーもありがたい。


この辺りから身体が素直に汗をかけるようになってきた。熱タオルで熱攻めにするのも、汗による排毒を促進して風邪をスムーズに経過させるためであったが、長いこと洋二郎君はなかなか汗をかけずに辛そうだったので、汗をかけるありがたさを感じた。

平熱以下になると本に書いてあった通り、35.4部くらいまで下がり寒そうにしていたので、仕上げに胸と背中に強力"生姜湿布“をしてあげた。消化器系の調子がイマイチだった私も一緒にやってみたが、これが非常に心地良く、いつもなら夜中に一度トイレに起きるのに、朝まで熟睡であった。

すり下ろした生姜を70度の湯につけ、タオルを浸してそれを患部に当てる。


●感謝感謝

風邪は人間を謙虚にする。ベッドから起きれるありがたさ。食欲が出るありがたさ。寝れるありがたさ。「さっさと終わらせたい」とぼやく洋二郎君には、あなたの意識はつまらないかもしれないが、総力をあげて戦っている臓器やら細胞やら白血球は大忙しなんだから、応援してあげたらいい。と言うと、辛くて起き上がる事も出来ずに他にやる事もない洋二郎君は素直に言われたように「ありがとうヒーリング」を自分に施していたようだ。


私がありがたかったのは、気にかけてくださった友人達の存在だ。中でもホメオパシーや自然療法、野口整体で迷った時にはそれぞれの分野でベテランの友人達がいて、親身に相談に乗ってくれた事だ。どの方もお子さん達を自分の信じる療法により立派に育て上げた方々だ。芋やら豆腐を貼り付けられた洋二郎君には、7人の息子さんを自然療法で育てあげた友人がおっしゃってると言えば納得させるに充分であった。

経験を通して自分達の手当てに信頼を持っている母達の励ましは、知識ばかりで経験の乏しい私を力強く後押ししてくれた。

雨も雪も嵐も、人智を超えた自然の摂理によって必要があって起こっている。風邪もまた然り。自然の一部である身体も、自然の摂理に従って、風邪を経過していく。

身体の持つ力を信頼する事。

風邪を経過した洋二郎君にとって、果たしてどんな効用があったかは、とりあえず痩せた事くらいで、見える形ではまだ分からないかもしれない。

しかし、私にとっての風邪の効用は、相手の身体への信頼、自分自信への信頼、困った時た助けてくれる存在がいる事への信頼。身体と世界への確かな信頼を得た事であった。

洋二郎君、実験、いや、大切な経験をさせてくれてありがとうございました。

「病とは治療するものにあらず」──全生を説いた体育家・野口晴哉の思想と実践・後編